宵(よい) 夜の時間の始まり
- KOJI Nishimura
- 3月9日
- 読了時間: 3分
更新日:5 日前
空が完全に暗くなる前の、やわらかい夜の入口。

その時間を、日本人は「宵(よい)」と呼んできました。「宵」という言葉の意味や由来、日本語に息づく「宵」を使った美しい表現たち、そして宵が私たちにもたらす心の余白について考えてみたいと思います。
「宵」という言葉の意味と由来
暗くなる直前の時間
「宵(よい)」とは、日が沈んだ後、夜が本格的に更けるまでの時間帯を指します。完全な夜ではなく、まだ空にわずかな光が残っている、そんなやわらかな時間、それが「宵」です。古くは、宵は「初夜」とも呼ばれ、夜の始まりを象徴する大切な時間とされてきました。
「宵」という漢字の成り立ち
「宵」という字は、"宀(うかんむり)"=家屋を表す冠に"肖"(少しずつ隠れる)を組み合わせたもの。つまり、「宵」とは、家々に灯りがともり、外が少しずつ暗くなっていく情景を映した言葉なのです。その柔らかで静かなイメージは、日本人の情緒に深く根づいていきました。
「宵」が息づく日本語表現
「今宵(こよい)」
「今夜」とも言いますが、「今宵」という表現には、どこか特別な響きがあります。「今宵の月」「今宵限り」、一夜限りの美しさ、儚さをやさしく包み込む言葉です。

「宵待草(よいまちぐさ)」
竹久夢二の歌でも知られる「宵待草」。誰かを、何かを、夜のとばりが降りるのを待ちながらそっと佇む心情。「宵待ち」という時間の中にある切なさと期待を、日本人は見事に言葉にしてきました。
「宵宮(よいみや)」
神社の祭りの前夜祭を「宵宮」と呼びます。本番に向けた高揚感と、始まりを告げる静かな緊張感。宵宮の賑わいの中には、どこかしら日本人独特の「夜を迎える美意識」が宿っています。
宵が心にもたらすもの
一日の余韻を抱きしめる時間
宵は、一日の喧騒から静かに離れ、自分自身に還っていくための時間です。まだ夜が深まりきらないからこそ、今日という一日の光や音を、そっと胸に抱きしめることができるのです。
焦らず、急がず、ただ静かに。宵の空気には、そんな「心の余白」が満ちています。
始まりと終わりの狭間
宵は、単なる「終わり」ではありません。新たな夜の「始まり」でもあるのです。その狭間に立つ時間だからこそ、私たちは過去をふり返りつつ、未来へと静かに歩き出す準備ができるのかもしれません。宵は、いつも優しく背中を押してくれる、そんな時間なのです。

宵の静けさの中で
「夜はすぐに深まる。しかし、宵は心に静かな灯をともす。」
与謝野鉄幹(Yosano Tekkan/日本/歌人・評論家/1873–1935)
与謝野鉄幹のこの言葉が示すように、宵は夜の深淵へと至る前の、ひとときの優しい光の時間なのです。
宵を愛でる心
現代は、夜の訪れさえ見過ごしてしまうほど忙しい日々が続いています。けれど、ほんのわずかな時間でもいいので、空が宵色に染まる瞬間に立ち止まってみたいと思います。
今日という一日を丁寧に終わらせるために。そして、新しい夜を静かに迎えるために。「宵」という美しい言葉を胸に、今日もまた、静かな始まりを抱きしめて歩き出したいと思います。
参考文献・参考資料
日本国語大辞典「宵の語源と意味」
平安文学に見る時間意識(京都大学 文学部)
与謝野鉄幹著『相聞』
日本民俗学会「宵宮と夜祭文化」